限りなく祖国を愛したい。だから、限りなく人を愛したい

国を愛するってどういうこと? 声高に「愛国心」が騒がれる「愛国心の時代」である今、本当の「愛国心」は語られているのか?  多面的多角的に愛国心を捉え語っていきたい。 そして、人々の政治関与という「愛国心」の最大の発露を高めたい。

Wednesday, October 18, 2006

ローリスク ハイリターン のリベラリズムと核武装

 ある国際問題を解決するとする。解決によって発生する犠牲が、1万円の損失の解決案1兆円の損失の解決案100万人死亡の解決案だったらどれを採るだろうか?

たいていの答えは、1万円の損失の解決案であろう。

しかし、現実はこうは甘くない。 損失1万円で解決するにはかなり労力が必要だし可能性も低い人の死を無視すればどんな選択肢でも採れる。

1万円の犠牲の解決案とは、D.P.R.K核実験問題で言えば「対話解決」であり、100万人死亡の解決案は、日本核武装もしくはD.P.R.K武力侵攻である。

巷で現実主義とか言われているものは、日本核武装かもしれない。 しかし、これはいくつものリスクをともなう。

まず、核戦争の可能性である。D.P.R.Kは結構追い詰められている。ひょっとしたら、利用することもありえる。そうした場合、日本国内で対D.P.R.K核兵器利用世論が高まり、核で反撃することも可能である。それは、地球が吹っ飛ぶかもしれない、核戦争のはじまりになりえる。

次に、核拡散促成の可能性がある。 もちろん、D.P.R.Kの核実験により核兵器および核兵器技術の拡散が考えられるのはもちろんである。

しかし、日本が核保有をすることで、核拡散を促進させてしまう可能性がある。 もちろん、日本が核兵器を持たなくても核兵器は拡散する。

しかし、

被爆国日本が核兵器を持つ=核兵器の犠牲者にとって核兵器は大して害を与えていない=使ってもよし、持ってもよし

という図式もありえるのだ!!

そして、そもそも核兵器は抑止(狭義の平和)たり得るのか??

インドのパキスタンは核武装している。しかし、カシミール問題は終わらない。

そして、イスラエルは対ヒズブアッラー戦で核兵器を使わなかった。 そんなしょぼい相手に使うわけがないというかもしれないが、核兵器は大型のものだけではない。 小型核兵器と呼ばれる限定的な核兵器だってありえる。 

しかし使わなかった。 

もし使えば 世界中からの非難 から逃れようがないから(核保有を公式に認めてしまうからという理由も)

核抑止がなくても核は抑止できる

あてになるかわからない核よりも、予防的外交努力を

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